08年3月30日

(雨が降っても楽しかった後援会の旅行=大久野島休暇村前にて)
大久野島は、毒ガス製造工場が建てられた1929年から1945年の敗戦まで、秘密の島として地図から消されていました。
毒ガスの製造・戦争の実態を多くの人々に知ってもらい、忌まわしい歴史を繰り返さないよう、毒ガスに関する資料を展示しています。
あいにくの雨でしたが、島に着くとウサギさんの出迎えを受け子どもたちは、大喜びでした。

危険で過酷な毒ガス生産、あるいは戦後の毒ガス処理に従事して障害をうけ、療養の甲斐なく亡くなった人々の名簿が納められています。(1985年5月建立)

(拡大して宣言文をお読みください↑)
後援会の久々のバス旅行でした。車中ではビンゴゲーム・歌声、休暇村では、おいしい昼食・温泉入浴、ビジターセンター・毒ガス資料館などの戦争遺跡めぐりなどそれぞれの希望にあわせた楽しみが出来、皆さん雨をのぞけば大満足の旅でした。
08年3月29日

明け方の雨に見舞われ、捨て大根の花が生きかえった様です。
08年3月27日

(館山市の取り組みについて説明を受ける=館山市役所)
3月26日(水)~3月27日(木)千葉県館山市へ勉強に行きました。
テーマは「戦争遺跡の文化財指定について」です。指定の経緯や関連法令の整備状況等の調査を市役所で行い、その後16:30より、たてやま夕日海岸ホテルにおいて、NPO法人「南房総文化財・戦跡保存活用ホーラム」の方々と3時間にわたって懇談をしました。
翌日27日(木)には、当ホーラムの事務局長池田さん・文化財指定に向けて尽力された党館山市議団のご案内で「館山海軍航空隊・赤山地下壕跡」など現地調査をしました。


ホーラム事務局長池田さんのご好意で訪問した「かにた婦人の村」=館山の海軍砲台跡地
「かにた婦人の村」は、1965年春日本で初めて生まれた婦人保護長期収容施設で、内外の数知れぬ有識者の協力によって生まれました。
08年3月24日

冬の間地中にあったものの芽が一気に噴出しました。私も負けられません。
08年3月23日

(屋守川の管理道にも、川にはみ出しそうな廃船が~市職員のすることですか!川の中央の橋は無許可です)=3月15日
いよいよ明日24日(月)、S次男の提訴している市有地等の取得時効、及びそれに対する市側の反訴の公判日です。この裁判は市職員家族による「市の行政財産よこせ!裁判」です。原告側は前回欠席、今回は何を主張するか。次男では、無理と見て早々とSは次男の「助人役として長男」を申請しています。誰が出ようとこんな主張が認められる訳はありません。
改めてSさん、屋守川はあなただけのものではありませんよ!河川管理道が何のためにあるのか、誰よりもあなたがよく知っているはずです。最近家業に勤しんでおられるようですが、こちらの処理はどうするのですか。