07年8月31日

(パンパスグラスの花穂の刈り取り風景-玉島柏島にて)
パンパスグラスは、アルゼンチンのバンバスに大群落を作って生育しています。 花穂は30cmー1mにもなるとのこと。ドライフラワーの材料として使われます。
本当に暑い夏でしたが、やっと峠を越しました。この暑い夏私は燃えに燃えて住民の利益をを守って頑張りました。自分でも不思議なくらい元気に夏を働きぬきました。その中で一番悲しかったのは、お年寄りの「孤独死」でした。二度とこのような事の無いようきめ細かなネットワークを作るため努力をしたいと思います。
いよいよ明日から9月です。新学期を迎える中学生のような気持ちです。

(大山のふもと枡水高原にて)
07年8月30日

(勇崎地内ー県道水島港 唐船線の歩道に設置された表示板の設置状況の確認をする玉島支所職員、瀬戸内パイプライン(株)所長、私)
高圧天然ガスを輸送する瀬戸内パイプラインは 、水島LNG基地→玉島バルブステーション(乙島E地区)→玉島湾→八幡海岸→水・玉ブリッジライン→県道水島港 唐船線→金光 のルートで埋設されています。
この程、私がかねてから要望していました危険物の埋設状況を示す「高圧天然ガス管埋設表示板」が玉島地区内に四本設置されました。この案内板には、①当該道路に高圧天然ガスが埋設されていることの表示、②異常を発見したときの連絡先などが明記されています。
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07年8月28日

境港市からの帰りに大山「ミルクの里」の放牧場横を通りました。
久しぶりに雨が降り牛が嬉々としています。草を食む音が道べりまで聞こえてきました。「おしっつこ」をしたり「糞」をしたり、牛たちのいろいろの仕草に孫たちは大喜びでした。
07年8月28日

(孫娘の優と咲です。水木 しげる記念館にてー鳥取県境港市)
先日テレビ放映された、水木 しげるの「総員 玉砕せよ」のテレビを見て、今まであまり興味を持っていなかった水木 しげるに強く引かれその記念館へ行きました。

(2階 読書コーナーは、熱心に本を読む子どもたちで溢れていました)
夏休みの最後の週ということで、大勢の親子ずれで賑わっていました。多い日は一日5000人の来館者を数えたとのことです。記念館は商店街の「アーケード通り」にあるので商店街も大勢の人が行き交い活気に溢れていました。「もう記念館さまさまです。おかげで空き店舗がなくなりました」うれしそうに記念館前の店員さんが話されました。
街の賑わいは、地域の文化や特徴を生かすこと、ここでもそれが実践されています。「チボリ」のように他所からもってきたものが、栄えたためしがありません。境港市へ行く途中名峰大山・烏ヶ山を展望する鬼面台を通りました。もうすっかり秋です。私はこの位置から眺める烏ヶ山がとても好きです。

(烏ヶ山は、見る角度によっていろいろな形に見えます。日本のマッタンホルンとも言われていますー7月27日、午前9時20分撮影)
07年8月26日
(倉敷市玉島道口 木村さん宅にて)
昨年の初出荷は24日とのことです。「今年は7月初め頃雨に恵まれたので玉太りはええ、点数つけたら90点のでき」おくさんの日出子さん(71歳)のお話です。
まず袋を外し、えんぼうを切り、秤に掛けます。それから玉わけ(選別)をし、包装をします。ご主人の教正さん(76歳)と二人で今日は約200kg畑から持ち帰りましたので、50箱(4kg入り)出荷出来そうです。
07年8月25日

炎天の午後、かねてから安否の気になる宅訪問をしました。この熱さです人は言葉も、会釈もなくただ無表情に日傘を傾けて歩いていました。
07年8月24日

今年の夏の暑さは異常です。我が家の庭の咲き満ちた鶏頭がまるで太陽の化身のように思えました。そのメラメラとした炎の中に暗さを感じたのは、何故でしょう不思議です。
07年8月24日

(美術品の収蔵・保管状況について説明を受ける私ー倉敷市立美術館にて)
昨日、恒例の市議団の管内視察に、片島浄水場→旧東大橋家→市立美術館に行きました。
○片島浄水場の施設・中央監視室など全施設の見学と水道水が出来るまでの工程の説明を受ける。○旧東大橋家整備事業の概要の説明と現状調査。○市立美術館の現状と今後の課題についての意見交換。美術品収蔵庫の見学など行いました。
この中で感じたことは、東大橋家整備事業は紆余曲折を経て今日を迎えているがいろいろ課題は大きいと認識を新たにしました。
美術館問題は、古くて新しい課題ですが、文化都市倉敷市の美術館として特徴をどう出して行くのか。周辺の環境整備は、これでいいのかなど課題山積。館長人事も2・3年しか在籍しない人事でなくもっと長いスタンスで考え、腰を落ち着けて将来展望をも出来る人事配置を望みたい。
また美術館の収蔵作品の6~7割が、郷土玉島出身の「池田 遥邨」の作品であることをからしても、懸案の「遥邨記念館的美術館を玉島の地に」という課題は、差し迫った事項であること。また私が問題点を指摘した「第一回アートビエンナーレ展グランプ賞作品」(300万円で市が買い取り)は、展示場所もなく、その予定もないまま梱包状態でした。
07年8月23日

(玉島 屋守にて)
処暑の「処」には「とまる」とか「とどまる」という意味があるそうです。その言葉通り今朝は涼風が爽やかに感じられました。夜は虫の声がよく分かるようになりました。とは言え週末にはまた暑さが帰ってくるとかー。
これから農家では稲が実り始めると「病害虫防除」「あぜ草取り」「秋野菜播種」「果樹芽接」などの仕事が、待っています。そして私には「9月議会」が始まります。胸がワクワクする季節です。
07年8月22日

(写真は玉島支所前広場での市民活動風景ー7月8日撮影)
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*とき 9月 8日(土) 13;00~15;00
*ところ 玉島文化センター 展示室
*プログラム 13;00~13;30 「基調講演」 まちづくりと公共施設
講演者:山田孝延(岡山県立大学デザイン学部長)
13;30~14;40 パネルデスカッション
*問い合わせ先 倉敷市まちづくり推進課 でんわ086-426-3025
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07年8月21日

(我が家のヤブラン)
誰にも看取られず旅立ったOさんのお見送りを済ませました。市営団地の役員さんとご兄弟そして私の小さな小さなお葬式でしたが、きっと喜んでくれたと思います。あなたの悲しい死を教訓に地域の「声かけ」運動を強め地域から「孤独死」をなくすため頑張ります。安らかにお眠りください。
07年8月20日
美術館展示室で、「打ち上げパーティー」をした『秀 аrt studio』の代表者T氏は、倉敷美術館長に以前「ヨーロッパでは、美術館でのパーティは常識だワインパーティをさせてほしい」と申し入れて断られたとの事です。
以前そういうやり取りがあった経過を踏まえ、T氏が主催する「アートフェスト」開会中(8月7日~8月12日)は、悪いけどもしものことを想定して巡回を強化する、館長もしくはそれに変わる職員が待機し、もし事あるときは、職責を掛けて美術館の決まりを守らせる。これくらいの体制と心構えが必要です。それをその時間帯を学芸員を伴って外出するとは、意図的と思われても仕方がありません。責任放棄もはなはだしいと思います。
またT氏については、いかにご自分がヨーロッパ生活が長かったとは言え、その文化と生活感覚をそのまま倉敷市に押し付け、規則や決まりを無視し、傍若無人に振舞うことは止めてほしいと思います。少なくとも倉敷市が莫大なお金(土地、補助金など当時約100億円相当)を補助して創設された大学の教授として倉敷市の文化行政を噛んで振り回すような乱暴なことはしないでほしいと思います。
07年8月20日

熱い砂の上での競技です。履物は何かしら興味がありました。裸足、本格的なサンドソックス、スニーカー、いろいろでした。裸足の人も大勢いました熱くないのかしら心配でした。
07年8月19日


(開会式で挨拶をする私) 砂浜に設けた6コートを使います。21点先取の1セットでトーナメント制です

午前午前9時開会で「第19回 倉敷市長杯沙美ビーチバレー大会」が行われました。年々参加者が増えて、今年は100組が出場します。 来賓を代表して挨拶しました。
「明治時代郷土の作家井手カロクの「新しき生」の中に沙美海岸が登場し、その美しい風景描写にあこがれた全国の若者がこの海岸に大勢やって来ました。沙美海岸は昔から若者に人気のある海岸です。夏の日の青春の思い出を一杯作ってください」と歓迎の挨拶をしました。
07年8月18日
数年前、私がお世話して市内の市営住宅に入居していた79歳の男性が、孤独死されました。
市役所担当課の連絡でOさんの死亡を知り、あわてて現場へ行きました。推定死亡時刻は16日夜10時頃。死因は脳出血との事。一人暮らしでした。新聞がたまっていたので発見されました。誰にも見取られず一人で旅立ったOさんは、最低の年金で細々と暮らしておられました。この暑さの中でクーラーのスイッチは入っていませんでした。近所の人の話では最近は弱って家の中にこもりがちだったとか、何故こうなるまで放置していたのか悔やまれます。多くの持病もあったようですが、医療機関への受診は、6月12日が最後でした「。医療費が払えなかったのか」「タクシー以外に通院する交通手段がなかったのか」医療が途切れた段階で何か打つ手はあったのではないか。年齢的に長生きが出来るとは思えませんが、孤独死とは、あまりにも悲しい。『一人ぼっちのお年寄りをなくしよう」二度とこのようなことが無いよう地域の声かけ運動を強めたいと思います。
07年8月17日

8月12日に書きました「市立美術館の作品展示室での『打ち上げパーティー』の件です。その後の聞き取り調査で、判明したことを書きます。
○「秀art studio」(代表者 高橋 秀ー倉敷芸術科学大学教授ー)が8月9日、15時~16時美術館展示室で、沙美アートフェストの打ち上げを行った。この時間帯は通常の開館時間内なので、他の来館者がこの不正常な出来事を何人も目撃している。
○館内のガードマンに通報がありガードマンが赴き「飲み食い」出来ないことを告げ注意した。ーすると「許可は得ておる」とパーティ主催者が言ったたそうです。
○この時間帯館長と学芸員は二人して外出していた。
○飲み食いした後のゴミは持ち帰らないで美術館のゴミ捨て場に放置。
以上があらましですが、常識では無断で展示室で「打ち上げパーティー」をするなど考えられません。おそらく館長が黙認しその時間帯学芸員を伴って外出したのでは?関係者の間ではささやかれています。もしこれが事実なら何が館長にそうさせているのか。メスを入れなくてはなりません。一部の有力者の力に屈して倉敷市の文化行政が歪められるような事は私は許せません。
「参考」高梁 秀氏と倉敷のかかわり
1995年より、倉敷芸術科学大学教授 2005年 倉敷「現代アートビエンナーレ展」の立ち上げをし、自らその運営委員長として活躍されましたが、「アートビエンナーレ展」は当初目標隔年開催にもかかわらず一年で中止。高橋氏が立ち上げた「アートビエンナーレ展」については私のブログ2006、7、28日をご参照ください。
07年8月16日

(オキシダント注意報を知らせる赤色の旗は本庁と各支所及び環境監視センターに掲揚されます)
本日、14時20分にオキシダント注意報が出ましたので、写真のような赤い旗が掲揚されました。因みにオキシダント情報は黄旗です。
倉敷市では、オキシダント情報・注意報が発令されたら、自動車の使用を控える、屋外の運動を控え、できるだけ屋内で活動するよう市民に呼びかけています。また協力工場(水島コンビナート33主要企業)に「窒素酸化物の排出を押さえてください」という要請を行います。なおこの注意報は本日17時20分に解除されました。
6月号の「広報誌」に光化学オキシダントに要注意と言う特集が掲載されましたが、残念ながら知らない人が多すぎます。もっと周知方法を考える必要があります。例えばケーブルテレビで流すとか・・・・。
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07年8月16日

(今年はゆりの当たり年?柏島畑の山地にて)
倉敷市の平和行政の一つとして毎年行っています「長崎平和大使」今年は、8月23日(木)出発します。
午前7時30分倉敷駅北口2階デッキで、出発式を行います。一行は23日長崎原爆資料館にて、平和大使到着式を行い、資料館の見学と被爆者の講話を聞きます。夜は意見交換を行い参加者同士の新たな友情を育みます。
24日は城山小学校~原爆落下中心地~平和公園を訪れ18時30分頃帰倉の予定です。 つづきを読む »
07年8月15日
朝8時、倉敷市役所前をスタートし→真備→船穂→玉島→児島→水島と62回目の終戦記念日にあたって日本共産党の決意と「憲法を守ろう」と訴えて市内を回りました。(写真は市議団と赤坂県議)

12時、「平和の鐘」の打鐘 大勢の市民と平和の誓いをしました。(福田公園にて)
07年8月14日

(屋島水族館にて)
~ 今年は夏休み平和映画は「アンゼラスの鐘」です。上映場所と時間をお知らせします。~
○ 8月 15日(水) 14時30分 ライフパーク倉敷
○ 8月 16日(木) 10時15分 倉敷市民会館
14時30分 児島文化センター
○ 8月 17日(金) 10時15分 玉島文化センター
14時30分 マービーふれあいセンター
「作品紹介」(あらすじ)
1945年8月9日、平和な長崎を襲った一発の原始爆弾、それは長崎を一瞬で死の街に変えてしまっただけでなく平和のシンボルの鐘を、瓦礫に埋もれさせてしまった。
更に放射能という目に見えない悪魔をまるで、広がる円のように撒き散らしその惨禍を容赦なく広げていった。・・・・
原爆と戦いつづけた若き医師、秋月振一郎の苦悩を通じて描く原爆の恐怖と戦争への怒り、そして平和への願いをこめた戦後60年被爆60年目に描かれたアニメーション映画。