07年7月31日
北九州市の無認可保育園のワゴン車で2歳の男児が熱射病死したというニュースを聞き「常識では考えられない」事だと思いました。人の命を何だと思っているのでしょう。こんな保育園は人の子を預かる資格はありません。
私の経験から考えても「ありえないことです」園外保育から帰園しての園児の人数確認は、一番にしなければならないことですし、最後の車内の点検も当然のことです。更に許せないのは、炎天下の車内で男児を発見しても直ちに119番せず園長等の指示で30分も放置していたという事。保育士も保育士だけど園長の方はもっと質が悪い、人命よりも園の保身を優先させた行動(男児発見後車のエアコンをつけるなど)は、言語道断であり許せない。

(日照り草ー別名マツバボタン)
07年7月30日
過去にもこういう選挙を経験しました。いわゆる「途中下車」です。あんなに頑張ったのにー。候補者の皆さんこの暑さの中で本当にお疲れさまでした。また御尽力下さった支持者の皆様ありがとうございました。私は「自分の選挙と同じように」をモットーに頑張りました。昨日はついにのどを痛め受診しました。
うららかな春は厳しい冬の後にやってくる
かわいい蕗の薹は霜の下で用意されたーー百合子

(若い芽が育っていますー最終日の比例カー)
07年7月28日

(写真は「屁糞かずら」-別名やいと花ー)とてもくさい花です。それにしてもひどい名前です。
赤城農相の 二つの政治団体の政治活動費に、同じ領収書のコピーを添付した二重計上を「事務処理上のミス」と平気で云う赤城農相の感覚には驚きました。安倍政権の「政治と金」どこまで腐っているのでしょう。きっと 「屁糞かずら」よりくさいと思います。
07年7月26日

本日も南浦地区へ行きました。写真の建物は本年3月末で閉鎖された南浦郵便局です。閉鎖後は年金を出しに行くには、バスで隣町の寄島町まで行きます。バスは日に3便しかありませんがそれを利用します。帰りは長いことバスを待てないので、タクシーを利用します。料金は1200円です。「バスは少くのうなるし、郵便局はのうなるし、台風のたびに高潮の心配はせにゃあいけんし、若けえ者はここから出て行くし、ええ事はなにもねー」90歳近いお年寄りの嘆きです。
07年7月26日

地域を歩いていて力一杯葉を広げ元気に咲いているひまわりを見て孫娘の「優ちゃん・咲ちゃんのようだなあー」と思いました。
07年7月25日

(玉島南浦海岸)
今日は、南浦地区に行きました。先の14号台風の高潮に備えて用意した土嚢が海岸一帯に山と積まれていました。地元要望は防潮堤の嵩上げをし、それに沿った消波ブロックの設置です。ところが県は沖合いに離岸堤を作る計画です。いくら離岸堤を作っても潮位が高くなった時には対応できません。災害対策は地元の住民の意見をよく聞くことこれが基本です。役人が頭で計算した机上計画ではだめです。
07年7月24日

13時玉島支所での出発集会では、板野清志玉島支所長が激励の挨拶をし、地元実行委員会を代表して道端達也玉島協同病院院長が、挨拶をしました。
玉島では、第一回行進からこの運動に参加して来ました。増本紫雲さん(当時60歳宗教者平和の会)が玉島~東京間を歩かれ玉島での平和行進がスタートしました。私は今年もその歴史と伝統を受け継ぎ総指揮者として歩きました。
07年7月23日

いよいよ梅雨明けです。昨年より三日遅いそうです。今日は空がとてもきれいでした。木々や草花の蕾に力が溢れていました。
明日は、平和行進の玉島入りです。元気に歩きます。
07年7月23日
沙美地区にポスター張りに行き「ガラエビ・ゲタ・ベイカ」を頂きました。金子みすず流に言えば海の中では、仲間が大勢でお葬式です。くださったHさんの話では、「油代があがって漁師も、もうおえんうち等のように家族三人で細々と漁をしているものは、食うていけん、国民健康保険の金も払えん、海苔もしょーたけーど金があって大型機械化した者にゃ勝てんけん去年でやめた」と一気に話されました。さらに「もう沙美で海苔をする家ものうなった」と寂しそうに言われました。「大本さんうちらが、食うていける世の中にしてくれにゃあいけんで!」といわれました。私は地域の産業や漁業・農業にもっと手厚い施策をしないと地域が滅びると痛切に思いました。
07年7月22日

(昨年のハーバーフェス防衛展、海上自衛隊の護衛艦「せとゆき」艦上にて)
↑ この砲弾は、76ミリ教練弾といいます。大砲の整備及び射撃訓練準備時に使用します。実弾と同じ重さです。
ある集会で、昨年のハーバーフェスの防衛展の写真の展示をしました。写真を見た市民は「人殺しの兵器を子どもに触らせるなんて非常識」「私の孫には触れさせたくない」「誰がこんな企画をしているのか抗議に行くので教えてくれ」「日本もここまで来ているのか」「自分たちは平和ボケしていた九条が本当に危ない」と感想を語っておられました。

↑この砲は、62口径72ミリ速射砲といいます。弾薬を自動で装填し毎分80発以上の弾薬を発射でき、全自動遠隔操作が可能です。
07年7月21日

7月11日教育委員会申し入れ後、市教委では関係地区の学校に「実行委員会からチラシの件で要請があったら、市教委に報告し対応を相談すること」の指導をしました。市教委からの報告によると現在2校の中学校より相談が来ており、一校は廊下に掲示、もう一校は教員室の前にチラシを置いているそうです。どうやら狙いは中学生のようで、私たちが一番問題視している「ごえいか~んを学ぼう(ふれあい体験学習)」ー事前に氏名、年齢等を記入し岡山県防衛協会倉敷支部に申し込みをするーのようです。前にも触れましたが、FAXまたはメールでの申し込みなので、親の知らないところで子どもたちが海上自衛艦の護衛艦「せとゆき」の乗艦体験をすることもありうることになります。
07年7月19日

(実行委員会に企画の中止を求めて申し入れー玉島支所特別会議室ー)
昨日、 自衛隊の武器の展示、武器とのふれあい、護衛艦「せとゆき」ヘの体験乗艦、などの行事の中止を求めて、ハーバーフェスティバル実行委員会(守永一彦実行委員長)に申し入れをしました。
申し入れは岡山県平和委員会、玉島・浅口平和委員会、新日本婦人の会倉敷支部連絡会、日本共産党倉敷市議団、の代表9人で行いました。申し入れに対し守永一彦実行委員長は「関係団体に申し入れのことを伝える」という答弁にとどまりましたが、話し合いの中でこれらの一連の行事は、防衛省自衛隊や、防衛協会、隊友会などの押し付け的行事であること、がわかりました。「お金がかからず人寄せが出来るので云々」の実行委員会側の考えに対し、代表団は「これらの一連の企画は、倉敷市平和都市宣言や平和教育に反するものであることを指摘し、再考を強く求めました。
1時間20分の話し合いの中で、人工島が玉島の発展のためにではなく、大きな企業のため、環境産業のためのものであること、地元企業として今後どうするのか真剣に悩んでいるなど本音の話を聞くことができとても有意義でした。
07年7月18日

宮本顕治元議長が亡くなられました。98歳でした。まさに日本の歴史の生き証人、1933年特高警察に逮捕され終戦までの12年間、獄中で反戦平和の旗を降ろさないで頑張り抜かれました。私は網走刑務所に行った時、宮本顕治さんが居られたと言う獄舎を見ました。極寒の網走でどんなにして生き抜かれたのか。確かな未来を確信した強靭な精神、百合子との往復書簡の中にそれを見ました。
日本の戦前、戦後の政治のうえで宮本顕治さんは、一貫して平和と国民の利益のために、生涯を捧げられた政治家であり、革命家であったと思います。またどんな大国の干渉にも屈しない自主独立の立場を打ち立てられたことは、大きな業績だと思います。どうかこれからも日本の行く末と、日本共産党の躍進をお導きください。今度の選挙で立派な成績を出すべく小さな小さな私ですが頑張ります。安らかにお眠りください。
07年7月17日

(旬の野菜ー青唐辛子ー)「鷹の爪」の未熟な青いもの
昨年4月に実施された東京都足立区の学力テストの際、公立の小学校で、「不正があった」と各紙が報じ、区教委もこれを認めているとの事。これを読んで私は唖然としました。 なかでも許せないのは、保護者の了解なく障害児3人の答案を採点から外していたことです。
新聞報道によると、試験中に教員が机の間を歩き、答案に間違いがあると、問題を指さして児童に気づかせたとしています。足立区ではテストの順位を公表しているほか、学校予算の傾斜配分や学校選択性を取り入れており、「競争原理の導入が不正の背景に?」と教育関係者は指摘しています。こんなことをして一位になってもこどもたちはうれしくないだろうし、校長の名声?と思ってしまいます。 「学校よ!おまえもか!」 どこまで腐っているのか日本の国は、こんな日本に誰がした。
07年7月16日

(狐のかみそり)
日本の未来を指し示す党首の話が、梅天に響きました。 演説中はげしい雨に見舞われましたが、聴衆はうなずきながら最後まで聞き入っていました。 「なくせ!貧困、守ろう!九条」
07年7月15日

(玉島黒崎にて)
大潮時の干潟は、絶好の潮干狩りの場所です。何十人もの人が繰り出して アサリほりを楽しんでいました。少し小さめですが--。 今日は台風一過とても爽やかで空気が澄み四国連山まで見えました。

↑足が滑って手元が狂いました。獲りたてのアサリをもらいましたので近所におすそ分けしました。
07年7月15日
台風4号に備え、倉敷市危機管理室・消防・各支所の職員の皆さん、協力をお願いした業者の皆さん、お疲れさまでした。また関係地域の皆さんお疲れさまでした。04年の16号台風の教訓を生かし、みんなが力を合わせ万全の体制で高潮に備えました。
この中で得た教訓を、更に発展させ防災体制の更なる充実を図り安心安全のまちづくりを目指して行きたいと思います。とりわけ工事継続中の高潮対策事業については、早急な完成を再度促したいと思います。本市では事なきに終わりましたが、被害を受けられた多くの皆様に心からお見舞いを申し上げます。
07年7月14日

↑ 小原防潮水門新設工事中です。激しい波ににどこまで耐えられるか心配です。

↑ 水門工事中のため、以前にもまして海水の流入が心配です

↑ 大型土嚢による沙美海岸の高潮対策
危険箇所の見回り中、多くの方々からねぎらいの言葉をいただき元気が出ました。
07年7月14日
雷雨に候補者車が激しく打たれています。候補者も要員もみんなずぶ濡れです。台風4号の接近が気になります。この沙美海岸は、04年台風で高潮被害に会い、つい最近高潮対策工事が終わったばかりです。
07年7月13日

(開会式に来賓として出席しましたー倉敷市立美術館、7月11日ー)
第62回春の院展倉敷展が11日、倉敷市立美術館で開幕しました。開会行事前から大勢の方々が、こられました。今年の「春の院展」は3月の東京展を皮切りに全国13会場を巡回します。倉敷展の開会は6回目です。
入場料 900円 。お問い合わせは倉敷市文化振興財団(でんわ 086-434ー0505)