12年10月20日

倉敷市戦没者追悼式

昨日はとても忙しい1日でした。午前中は、戦没者追悼式に参列。午後からは「アカシアの花出版記念祝賀集会」の実行委員会(実行委員長 大本よし子)の開催。

その後市民からの市政要望=①放置自転車問題、②中国残留邦人の処遇問題=などお聞きする。夜は「倉敷みんなの会」の代表世話人会議と。超ハードな1日でした。

朝・夜暖房がほしいほどになりました。この時期になると石川啄木の「秋近し電燈の球のぬくもりの触れば指の皮膚に親しき」を思い出します。

私は、高校時代石川啄木にはまり「啄木歌集」をいつも持ち歩いていました。(写真の花はりんどう)

コメント1通 “倉敷市戦没者追悼式”

  1. 名無し 12年10月20日 10:56:29 #

    ①レーニンの頃とは格段に進んだ技術や制度の積み重ねがあり、社会主義や共産主義の可能性・有効性を突き詰めるべき時季に来ていると思います。

    レーニンは、政権を倒し権力を奪取するまでは考えていても、その後の構想ははっきりしていなかったように思います。
    スターリンは、信じる「社会主義」を実現するために、ドイツとの対決が切迫しているとの焦りからだったのか、抵抗に遭(あ)うととんでもない強権の行使に一気に傾いてしまいました。

    「啄木と社会主義

    啄木の幸徳事件への興味は尋常ではなく、膨大な公判記録を部分ではあるが読み込み、裁判全体は政府によるでっち上げだったと確信する。」(紹介されている「石川啄木」のページより)

    ②家族・子孫も、肺の病気で亡くなっています。
    貧困の「連鎖」でもあったのでしょう。
    それにしても若くして亡くなった。

    「享年26。」(紹介されている「石川啄木」のページより)

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