09年10月30日

(岡山県によって埋め戻された戦争遺跡=乙島小高地)
倉敷市は、『倉敷市の戦争遺跡マップ』を作成し、戦争のあったことを物語る遺跡として砲台跡や防空壕跡などの調査をし、その保存に努めてきました。
平成19年5月、『亀島山地下工場を語りつぐ会(代表 立石憲利)』は倉敷市長に、希少な防空壕跡である玉島乙島小高地の特殊地下壕の詳細調査と説明版の設置を求めました。会では、その後平成21年3月29日にその進捗状況調査に現地を訪れたところ、8つの防空壕すべてがコンクリートで完全封鎖・埋め戻しされていました。
私の調査によるとその執行者が岡山県であることが分りました。どういう経過でこの希少な戦争遺跡が完全封鎖・埋め戻しされたのかその調査を倉敷市の担当課にお願いしました。
09年10月29日

(鎮江市迎賓館にて、外事弁公室 李 金方副主任、郭 桂鳳さん、人民対外有好協会 呉 樹南会長、と記念撮影)
○ 胸熱く友好の旅天高し
○ 灯(ともし)冬めく終着の南京駅
○ 冷まじや南京災難記念の碑
○ 花八ッ手パールバックの故居を訪う
○ 旅終わるまず冬帽をぬぎにけり
09年10月29日

28日、来年度予算編成にあたって党市議団の要望書を提出しました。また要望は、320項目ですが、その中9つの重点項目にしぼって1時間懇談を行いました。
懇談は事前に提出していた要望書の中、重点9項目について市側の回答・説明をうけ、それに対する質疑・応答という形で行われました。要望書全文は次のとおりです。
>>来年度予算編成にあたっての要望書 PDF60KB
09年10月28日

(ツルムラサキ=柏島にて10・24)
少し季節はずれのツルムラサキのはなです。旬は夏で葉と茎をおひたしにして良く食べました。味はほうれん草に似ています。栄養価が高く一時期健康食品としてブームになりましたが、今は下火です。種は春まきますので来春も植えようと思っています。
09年10月27日

(樋の故障のため無水状態になり沼地化した池=柏島「深底池」)
去る18日、6歳男児と小2の兄と小1の男児3人が、干上がった池で遊んでいたところ、6歳男児が深みにはまり、胸まで埋もれ身動きできなくなる事故が発生しました。
通報により消防救急隊が出動し、バックボードにより救出。子どもたちは沼の恐ろしさ、危険を知らずヘンスの切れ目から池に入り遊んでいたようです。またしても池の恐ろしさをおもい知らされた事故です。環境整備は勿論ですが、学校・家庭での安全教育も必要です。
担当課では、樋の改修と未設置個所へのヘンスの設置に直ちに取り組むとしていますが、後追い行政でなく、もっと積極的な行政を進めなくてはなりません。先日の真備「大池」の事故も同じことが言えます。
09年10月26日

(上海 内山完造書店跡)
1917年井原市芳井町出身の内山完造は、上海に内山書店を開業しました。その書店は、魯迅の住まいのすぐ近くにありました。この書店は、本を売る店だけでなく、日中両国の関係が厳しい折でも、貴重な人間交流の場であったこと魯迅、郭沫若、などが頻繁に出入りし、日本からは芥川龍之介、谷崎潤一郎なども立ち寄る、日中文化人のサロン的存在だったといわれています。
内山完造と魯迅との関係は深く、国民党政府に命を狙われる魯迅をわが身の危険も顧みずささえつずけてきた内山完造。中国では魯迅の恩人とまで言われ、高い信頼と評価を得ています。
その2人の肖像が内山書店旧址を示す看板になっています。このように戦前・戦中に個人の立場で日中の架け橋となった人、戦後は日中友好協会初代理事長として国交正常化に尽力されたのが、内山完造です。
こうして内山書店跡の訪問が今回の旅の最後の地となり、参加者に大いなる感動を与え倉敷日中友好協会(大森久雄支部長)の旅が終わりました。

(来館者名簿にサインする私=内山書店旧址にて10・20)
09年10月24日



(魯迅公園の朝の風景=8:20~)
ウイクデー(火)なのに魯迅公園のこの賑わいです。軽やかなダンス曲が公園中に響いています。それを楽しみながら、9:00開館の魯迅記念館へと歩を進めます。
記念館見学のあとは、 魯迅の墓、故居めぐりと続きますので、「魯迅徹底研究ですね」現地案内人の曹さんがいいました。私は活気に満ちた朝の魯迅公園に肌で触れ、都市公園のあるべき姿を見たような気がしました。
さて記念館は、4つのセクションに分かれて、年代に沿って資料が展示されています。陳列されている数々の資料から内山完造との親交の深さに改めて胸をうたれました。
そのせいか、公園内の人々は私たち日本人にとても好意的でした。私たちが通りかかると「中日人民友好万歳」と達筆ですらすらと道路に書いて歓迎してくれました。それに応えて倉敷日中の栗本泰治理事長が「謝々」と書き、通行人も含めて大きな拍手が沸きました。さわやかな朝の日中友好の一場面でした。

私はかつて仙台文学館で魯迅の資料を見ましたが、毛沢東が精神的な支柱にし、今も民衆の中に生きつずける魯迅、その作品を難しいと疎まずにじっくり読んでみようと思いました。
09年10月23日

(柏島 畑)
サフラン、クロッカス、犬サフラン、とても良く似ています。赤くて長い3本の雌しべと花弁の淡紫色に、おしべの黄色のコントラストが美しい。花の少ないこの時期貴重な存在です。 昔は薬用に栽培されていましたが、今ではあまり見かけなくなりました。
09年10月23日

(南京大虐殺記念館)
南京大虐殺記念館の新館は、南京大虐殺30万同胞犠牲者70周年記念の2007・12・13日に、公開されました。新館は展覧集会区、遺跡追悼区、平和公園区とコレクション交流区等の4つの機能エリアに分けられ、旧館と比較するとその充実ぶりに、強いカルチャーショックを受けました。まさに中国の記念的な意義を持つ遺跡型歴史博物館と大きく成長したものとなっていました。
私たちが訪れたこの期間は、コレクション交流区で、日本の漫画家100人の8・15終戦記念日前後の漫画の展覧会が開かれていました。
写真のブロンズは母親が死に逝く子どもを抱えて空を仰ぎ、嘆いている造形です。
09年10月22日

(マルコ ポーロも歩いた 千年古街=古西津渡街にて(こせいしんどがい)=10・19
鎮江市は、1997年倉敷市と都市提携を結んだ「姉妹都市」です。私はその調印式に参加し、鎮江市がとても好きになりました。表敬訪問に先立ち、マルコ ポーロも歩いたと言われる1000年の歴史をもつ「古西津渡街」を訪ねました。この千年古街には、昔の中国の面影が今もしっかり残っています。現在も鎮江市民の方々がここに住んでいます。

表敬訪問行事の後、歓迎の昼食をいただき大いに友好を深めました。そのあと「大地」の作者パールバック記念館を鎮江市の職員さんが案内してくれました。参加者のほとんどの方が鎮江市は始めてということで、皆さん鎮江市の歴史と文化に触れることが出来とても感激し大満足の鎮江市訪問でした。

(パールバック記念館にて=10・19)
09年10月22日

(お土産の『はだしのゲン(10巻)』、辞書、写真集、を手渡す訪問団=南京「三江大学」にて)
ー10月18日(日)14:30~16:30まで日本語を学ぶ学生たちと懇談をしました。出された中身を紹介します。ー
<日本について> ○ 日本のいじめを不思議に思う。○ 日本の電気製品は素晴らしい。○ 1937年の事件(南京大虐殺等のこと)は、『許すことは出来ても、忘れてはならない(宣教師 ヴォートリンのことば )その通りだと思う ○ 日本人の心使いは素晴らしい。
< 中国の現状と将来について> ○法が守られる国に。 ○公平な教育が受けられる国に 。○医療が受けやすい国に。 ○都会と農村の貧富差がありすぎる。○経済発展は、したが環境が厳しい。○農民の暮らしが豊かになれば中国は豊かになる。○東部と西部の差が激しい。○人材が乏しい。○中国の大学は、世界に有名でないもっと有名になってほしい。
中国の学生たちの、真剣に自国の将来のことを考え学んでいる姿に接し、その熱意が伝わってきました。とても好感が持てました。参加学生たち(20数人)ほとんど発言されました。
09年10月21日
10月17日(土)~21日(水)まで4泊5日の日程で、日中友好倉敷支部(大森久雄支部長)の、友好・平和・文化の旅をしました。少しハードでしたが、南京での日本語学科の学生との懇談(三江大学)、南京大虐殺記念館、鎮江市への表敬訪問、日中友好の父内山完造、その友人としても知られている、魯迅を訪ねて、深まりゆく中国の秋を歩きました。

日本語を学ぶ学生との懇談=三江学院大学(南京)10・18

資料館と遺骨館の見学後献花=新装成った南京大虐殺記念館10・18
09年10月18日
******* ご案内 *******
日時: 平成21年11月9日(月)~13日(金)
場所: 倉敷市役所本庁 1階展示ホール
展示の内容: 平成20年度に市や県の指定を受けた文化財、国の登録となった文化財をはじめ、これまでに指定を受けている文化財。町並み保存の取り組みとそのあゆみについて写真やパネルで紹介。
09年10月17日

(山に入って植栽状況を視察=新見市大佐)

( 高梁川の源流 刑部川)
倉敷市の水道水は、水源のほとんどを高梁川に頼っています。この高梁川の水は、上流域の森林により確保されています。この森林は「緑のダム」とも言われ、降った雨水を土や落ち葉がスポンジのように吸収し、地下に蓄えます。その水が少しずつ流れ出ることによって、洪水や渇水を防ぎ、途絶えることのない高梁川の流れを作っています。
倉敷市水道局では、貴重な水資源を守り、市民に安定して水道水を届けるため、源流の町新見市大佐において、平成14年度から水源の森整備事業を進めてきました。10月15日議会文教委員会は、その状況の視察をしました
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09年10月16日
、
倉敷市職員家族が、倉敷市および土地所有者(地主3人)を相手に、取得時効を主張し、市と地権者がこれに反訴した訴訟の控訴審判決が15日、広島高裁岡山支部でありました。
地権者への明け渡しを命じた一審岡山地裁判決の一部取り消し(→船が置かれている場所は、市有地でなくこれも民有地とし、地権者から倉敷市の取り除きを認定)と控訴人(職員家族)の訴えを棄却し、改めて土地の明け渡しを命じる判決が出ました。
09年10月15日

(「倉敷養護学校」を視察する議会文教委員会=10月14日)
昨日(10月14日)議会文教委員会は市立倉敷養護学校を視察しました。
今年度の児童・生徒数は、小学部80人、中学校51人、高等部115人の計246人です。これは建設時定員70人の3倍強の人数です。そのため運動場、体育館、作業室、プール、図書室、など手狭で、子どもたちの活動に制限が加わるなど教育にも支障が生じています。また給食調理場は満杯です。抜本的な改善が急務です。
さらに来年度の入学見込みは、小学部2人、中学部2人、高等部6人の10人増です。たちまち教室が足りません。教室の確保は喫緊の課題です。視察後開かれた委員会では、「何んとしても市内に県立の新設校を!」委員から強い意見が出ました。
倉敷市は、06年から毎年地元県議との「市政懇談会」でも要望し続けてきました。もう我慢の限界です。
09年10月14日

(「私の町のたからもの」絵画展=玉島支所展示ホール)
今年も倉敷ユネスコ協会(会長小野謙二)の「絵で伝えよう!私の町のたからもの」絵画展が始まりました。
市内小・中学校の児童・生徒から820点の応募のあった作品のなか特別賞4点、優秀賞15点、入選237点を選び、下記の4会場で展示会が開催されます。
<玉島支所 展示ホール> 10/13(火)~10/16(金)
<倉敷公民館展示室 > 10/22(木)~10/25(日)
< 児島支所 展示ホール > 10/26(月)~10/30(金)
< 水島支所 展示ホール > 11/24(火)~11/27(金)
私たちの身の回りの自然や、文化を大切にする心を日常的に養うためにも、とてもいい企画だと思います。さっそく玉島支所で見させていただきました。力作ぞろいで感心しました。
09年10月13日
日本共産党倉敷市政ニュース 第152号(10月15日付)をお届けします。画像版です。ダウンロードに多少時間がかかります。あしからずご容赦のほど。
クリックして画面表示後、さらにクリックすると大きな字で閲覧可能です。

09年10月12日

(備中綿研究所のワタ畑=玉島E地区)
連日『議会報告』を配布しながら市民のみなさんと対話をしています。
その中で今いちばん話題になるのは、民主新政権も「廃止」を打ち出した後期高齢者医療制度の廃止時期のことです。9日の新聞報道ー「廃止の時期を3年後」ーこの記事を皆さん良く知っておられ、「そねーに待ちょうられん」と皆さん言われます。
いわれるとおり今すぐ廃止することが重要です。廃止が先送りされると、来年3月の保険料の見直し、軽減措置の終了など、いっそうの負担増が待ち受けています。
地域を歩いて思うのですが、今皆さんとても政治に敏感です。