'よし子の視察報告' の記事

08年7月18日

[視察報告②]139小学校区に103館の児童館=充実している広島市の放課後(児童)対策

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(広島市袋町小学校敷地内にある児童館内の静養室=畳敷き12㎡)

 広島市は昭和40年代から、1小学校区(学校敷地内)に1つの児童館をその「建設整備基準」に基づいて建設してきました。その結果現在139小学校区に103館の児童館があります。その児童館の1室で放課後対策(留守家庭子ども会)が直営で行われています。定員40名、職員4人(児童館担当2名、留守家庭子ども会担当2名)の指導員を配置。児童数が増えれば余裕教室かプレハブで対応しています。児童館未整備36学区は児童館建設までは、余裕教室又はプレハブで対応します。

一点豪華主義的児童館より、1小学校区に1つの児童館(学校敷地内に児童館としての最低限の設備を持ったもの)建設を進めてきた広島市の先駆的政策は、放課後児童対策が重要視されている今、燦然と輝いています。

 

08年7月16日

広島市へ2つの調査・視察=広島市植物公園と放課後児童対策事業ー①

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(アサガオの巨大カーテン=高さ10m・幅50m日本最大級です)

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(巨大カーテンを内側から見ると=とても素敵です)

 新倉敷発 8:06の新幹線で出かけました。9:30~11:30 植物公園の説明と見学。私は何度か広島の孫たちと当公園を訪れましたが、何時も感じるのは管理がとても行き届いている事と、施設の端々まで気遣いが感じられることです。倉敷市にもぜひほしい施設です。

 当公園は、瀬戸内海を臨む高台に位置し、18、3haの園内には大温室をはじめとし、23万4,600本の植物が植栽されています。園内の随所に、そしてその展示やイベントに教育的配慮、自然保護に関する啓発がなされるとともに、憩いの場となるよう工夫がされています。その努力により「リピーター」の多いのも特徴です。

 園内の施設で私が特に興味を持ったのは「花の進化園」です。「花の進化園」では園路の両側を利用し、植物の分類を歩きながら順序良く系統立てて理解できるよう植栽がされています。正に生きた学校教育の場です。

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 (花の進化園のコダイハス=古代蓮)

 

 

08年3月27日

館山市へ=戦争遺跡の文化財指定について

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(館山市の取り組みについて説明を受ける=館山市役所)

3月26日(水)~3月27日(木)千葉県館山市へ勉強に行きました。 
テーマは「戦争遺跡の文化財指定について」です。指定の経緯や関連法令の整備状況等の調査を市役所で行い、その後16:30より、たてやま夕日海岸ホテルにおいて、NPO法人「南房総文化財・戦跡保存活用ホーラム」の方々と3時間にわたって懇談をしました。

翌日27日(木)には、当ホーラムの事務局長池田さん・文化財指定に向けて尽力された党館山市議団のご案内で「館山海軍航空隊・赤山地下壕跡」など現地調査をしました。

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ホーラム事務局長池田さんのご好意で訪問した「かにた婦人の村」=館山の海軍砲台跡地

「かにた婦人の村」は、1965年春日本で初めて生まれた婦人保護長期収容施設で、内外の数知れぬ有識者の協力によって生まれました。

08年2月27日

「芥川龍之介 幻の原稿」展

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(芥川龍之介直筆の原稿・書簡に見入る人々=倉敷市立図書館)

 研究の材料は、出尽くしたと言われていた芥川龍之介でしたが平成19年末、新たな資料が倉敷市所蔵の「薄田泣菫資料」から確認されました。いずれも芥川直筆の原稿・書簡で、芥川研究の新しい扉を開く第一級の資料と言われています。この展覧会は明日までですので、今日は時間を作って閲覧しました。

会期が終わればどこへこの貴重な資料をどういう形で収納するのか気になります。私がかねてから提案している文学館(資料館)はどうしても必要です。

08年2月23日

こどものための池田遥邨展(遥邨の絵、子ども用に解説)~24日まで=倉敷市立美術館

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(日本画「森の唄の周りに動物の模型や標本をならべ、子どもたちに興味を持たせる工夫をしています)

 倉敷市名誉市民の日本画家、池田遥邨(1895-1988)は、倉敷市玉島出身です。2月24日までを会期とする
「こどものための池田遥邨展」が今開かれています。

「風景」・「植物」・「動物」・「人間」とテーマーを4区分し作品名の漢字にルビをふり、丁寧な解説がついています。またその作品を作った遥邨の年令も明記され、子どもたちに理解しやすいようとても良く工夫されています。
93歳の時に描いた「芒原」、「行きくれてなんとここらの水のうまさは 山頭火」、80歳の時描いた群(むれ)、など老いてますます盛んだった遥邨の創作活動に改めて感動し、私は元気をもらいました。